スポンサーリンク

ジャッジしない生き方

指示を出す

仕事でちょっとモヤモヤすることがあり、その解決方法を検索していたところ、勉強になるブログを見つけました。

『ナリ心理学』というブログで、『これが自分の心を不自由にしている正体。これをヤメれば心は自由になる。』という記事が、わたしの心の琴線に触れたのです。

記事の内容を要約すると、『何気ない生活の中で、他人や他人の行為を自分の価値観で良い悪いを判断し、心の中でジャッジするという些細な行動が、自分の心を縛りつけ、不自由にしている』とのこと。

生きづらさを感じている人は、無意識のうちに他人をジャッジしているようです。

この記事を読んでいるとき、パッカーンとしたんですよね。

『あぁ……わたし、ジャッジしている』と。

そして、自分を正当化していました。

スポンサーリンク

密かに抱える不安が他人をジャッジさせる

他人をジャッジしてしまうのは、そうじゃない自分に安心したいから、らしいです。
ちょっと長いのですが、心に刺さった部分を引用しますね。

自分だったら絶対に嫌!って人を見ては、ジャッジしまくって、

あれはよくない
あれはダメだ
あれは惨めだ
あれは不幸だ
あれはダサい
あれはかわいそう
あれは残念だ、

って
ジャッジして、ディスることで

だけど、
そーじゃない自分はいい。
そうではない自分は安心。
まだ違う自分は大丈夫。
自分のやってることは間違ってない
自分は正しい
自分はこれでいい。

って

自分を正当化して、納得させるために。

周りを利用してんのな。

引用:これが自分の心を不自由にしている正体。これをヤメれば心は自由になる。

この、引用した部分が心に刺さりました。

確かにわたしは、自分以外の他人の言動を見たり、聞いたりするたびに、『自分はあの人よりもマシ』って思ってました……
ジャッジしていた主な対象は、身近な存在である家族や職場の後輩、感じが悪いなーと思うお客様などなど。

他人をジャッジすることで、自分を正当化していたんですね。
そして、そのせいで生きづらさを感じている、と。
昔ほどではないにしても、わたしが人の目を気にしやすい性格なのは、無意識のうちに他人をジャッジしていたことが原因とは思いませんでした。

特に仕事が顕著です。
一応スタッフリーダーなので、後輩たちに注意することも。
そのとき、相手から不満を抱かれないよう、文句を言わせない働き方をしようと決めているんです。

『自分の感情は自分でコントロールして、常に笑顔で優しく人に接する』

気持ちに余裕があるときは平気なんですけど、しんどいと感じるときも……
人間だから、常に笑顔で優しくいることはできません。
ちょっとそっけない態度を出してしまうと、冷たくされただの、機嫌が悪そうだのと、後輩の不満を人づてに聞く羽目に。

わたしが他人をジャッジしているから、見本となる働き方をしようという、思考回路になるんですよね。

みんなちがって、みんないい

ジャッジをやめると聞くと、難しく感じるかもしれません。
長年の思考の癖もありますし、今この瞬間からジャッジをやめる!と決意しても、ふとした瞬間、目の前にいる他人をジャッジしていることもあるでしょう。

そこで、金子みすずさんの『みんなちがって、みんないい』という言葉が、ジャッジをやめる手助けになると思いました。

わたしの価値観は、わたしがこれまでに歩んできた人生で培ってきたもの。
他人の価値観は、他人がこれまでに歩んできた人生で培ってきたもの。
共感できるものもあれば、共感できない部分もある。

そんなとき、金子みすずさんの言葉を思い出しましょう。

みんなちがって、みんないい

不意にイラッとしたとき、なんだか腑に落ちないときに、この言葉を心の中で呟けば、無意識のジャッジを止められるかもしれません。

さいごに

『ナリ心理学』はたまたま見つけたブログでしたが、今のわたしに必要なことが書いてありました。

この記事もオススメです。
ジャッジしない方法を具体的に説明してくれています。

まずは、自分のジャッジをやめます。
そして次に、身近な人……家族や職場の人たち、お客様のジャッジをやめたいです。
長年の癖は抜けないので、気長に続けていこうと思います。

興味が湧いた方は、リンク先の記事を読んでみてはいかがでしょうか?

わたしも、まだすべての記事を読んでいないのですが、読み終える頃にはなにかしらの心の変化を感じられることを期待します。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする