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人間関係におけるキャラ作りって疲れると思う

駄々をこねる新卒の牛

職場にいる年下の同僚は、キャラを作っているようなのですが、割と設定が甘いです。
あるときは、空気を読んでいない発言をする天然だったり、またあるときは、とんちんかんな発言をする不思議ちゃんだったり、かと思えばドSっぽい発言をしてみたり……

ノリがいいと言ってしまえば、それまでのこと。
でも、本当の姿じゃないんだろうなーというのが透けて見えてしまうので、そんな風に自分のキャラというか、設定がコロコロ変わって疲れないのかなと心配になります。

ま、余計なお世話ですけどね。

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勘のいい人には見抜かれている

初めて会ったときから、同僚の言動には違和感を感じていたものの、割と社交的で顔が広い子なので、下手なことは言えませんでした。
周囲も同僚の言動を疑問に感じているように見えなかったため、そこそこ無難に生きていきたいわたしは、空気を読んでお口にチャック。

わたしに直接の被害はないので、同僚のキャラ設定がブレていても問題ありません。
そう思っていた矢先、わたしと同じく同僚のキャラ設定がブレていることに気がついている人が突如現れました。
雑談のひとつとして話題に上がっただけですが、わかる人にはわかるんだな、と。

気づかれていないと思っているのは、同僚本人だけ。
指摘したほうがいいのかなーと思いつつ、事なかれ主義のわたしはお口にチャック。
本人が望んでいないことを指摘しても、余計な軋轢を生むだけですので……

ありのままの自分が、やっぱり楽

周囲から押しつけられるキャラ設定もありますけど、本当の自分とかけ離れたキャラはつらくなってきますよね。

わたしも昔は、人に嫌われるのが怖くて、本当は一人でいるほうが好きなのに社交的に振る舞っていた時期がありました。
本当は優しくなんてないのに、冷たい人間と思われるのが嫌で、思いやりのある発言をしてみたり……
でも次第につらくなって、全部やめちゃいました。

もちろん、傷つきやすいナイーブな人には言葉を選ぶし、自分より年齢も立場も上の人には立場を弁えて接しています。
TPO は考えてます。
それは、自分のキャラを変えるということではなく、人としての思いやりであったり、社会人としての常識だと思うからです。
空気の読めない人間と思われるのは、わたしのプライドが許さないというか、どんなに性格が悪くても常識人ではありたいので……

人によって態度を変えるなんてできない ! という人も中にはいるでしょう。
そこは無理に変える必要はないと思います。
自分ではない自分を演じることになってしまうから。

じゃあ、どうするか。
言いたいことは、誰が相手でもガンガン言うキャラになればいいのです。
出る杭は打たれると言うけれど、出すぎた杭は打たれません。
自分のキャラを突き抜ければ、傷つきやすいナイーブな人や礼儀を重んじる人は離れていきますけど、そんなあなたを面白いとか、裏表がないから信用できると思ってくれる人が残るからです。

まとめ

なにを言いたいのか、自分でもわからなくなりました……
つまり、良好な人間関係を構築するのに、キャラ設定は必要ないですよってこと。

同僚も、キャラをひとつに絞ればいいのになーと思いながら、ブレブレの設定で言動がちぐはぐになっている姿を遠くから見守っていようと思います。

そんなわたしのキャラ設定は、日和見主義で、事なかれ主義。
来る者拒まず、去る者は追わないという、他人に無関心な冷たい人間です。

ずっと認めることができなかった本当の自分ですが、認めてしまうと楽になりました。
もし今、人間関係で苦しいと感じているなら、本当の自分で他人と接しているかどうか振り返ってみるといいかもしれません。

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